はい、どーも!今日も今日とて、我が家の畑の草むしりで腰がパンパンの、福島片田舎のブロガーだべした。いやぁ、すっかり涼しくなってきたごつぁい(気がするね)、皆さんのところは風邪などひいてねが?
さて、今日はちょっと、地元福島で起きた、何とも胸が痛ぐなるニュースを見ちまって、パソコンの前で考え込んじまったんだわ。伊達市であった母親の遺棄事件の初公判のニュースなんだけどさ。
ニュースの内容をざっくりおらなりに話すとな、伊達市で一緒に暮らしてたお母さんが亡くなったのに、そのまま家に置いたまんま出てきちまったっていう事件なんだわ。罪に問われてるのは61歳の息子さん。裁判でこの人は、「借金があって、お葬式のお金が出せねぇと思った」って話したんだと。検察側は拘禁刑1年を求刑して、弁護側は「生活を立て直して、ちゃんとお母さんを供養する」ってことで執行猶予をお願いしてるって話だ。判決は9月11日に出る予定だそうだ。
……これを読んだときによ、おら、何とも言えない重い気持ちになっちまったんだわ。だってさ、「お金がねぇからお葬式もできねぇ、どうしていいかわからねぇ」って、どんだけ追い詰められてたらそんなことになっちまうんだって。
もちろんさ、亡くなったお母さんをそのままにするなんて、法律的にも人道上も許されることではねぇべさ。それは間違いない。だけどさ、そこに至るまでの背景を考えると、ただ「身勝手だ」の一言で片付けらんねぇもんを感じるんだよなぁ。
うちのほうみたいな田舎ってさ、ご近所付き合いがまだ残ってっから、「おい、大丈夫か?」って声をかけ合えるところもある。でも、それも最近はだんだん薄れてきてっしさ。高齢の親と、これまた高齢になりかけた子どもが二人っきりで暮らしてて、誰にも相談できねぇまま孤立しちまう「8050問題」とか、そういう闇が、こういう事件の裏には隠れてるんじゃねぇかって思っちまうんだ。
借金があって、頼れる親戚もいなくて、役所の窓口に行く知恵も気力もなくて……。「お葬式代が出せない」って思った瞬間に、頭が真っ白になっちまったんだろうなぁ。息子さんの年齢も61歳だべ? これから自分の生活もどうなるかわかんねぇ、そんな不安の中でポキッと心が折れちまったのかもしれねぇな。
こういう悲しいニュースを見るたびに、おらが住んでるこの福島の地域社会のことを考えちまうんだ。もっとさ、みんなが気軽に「困ったなぁ」って言える世の中になれねぇもんだべか。「お金がない」「どうしたらいいかわからない」って、恥ずかしがらずに相談できる場所が、もっと身近にあればよかったのになぁ。
行政の窓口もさ、「申請主義」なんて言ってないで、困っていそうな人のところにスッと寄り添っていけるような仕組みがあれば、もしかしたらこんな最悪の事態は防げたんじゃねぇかって、悔しい気持ちにもなるんだわ。
裁判の判決はもうすぐ出るべ。罪を償うことはもちろん大事だけんど、それだけで終わらせちゃいけねぇ問題がたくさん詰まってる事件だと思ってる。被告の男性には、しっかり反省してほしいのはもちろんだけど、出所してからはもう一度、人間らしい生活を取り戻して、お母さんを心から供養してほしいって、遠くからだけど願わずにはいられねぇ。
そしてさ、これを読んでくれている皆さんも、もし身の回りで「最近見かけないな」「なんだか様子がおかしいな」っていう人がいたらさ、ほんのちょっと気にかけてあげてけろな。「お茶っこでも飲っぺ」って声をかけるだけでも、誰かの救いになるかもしんねぇからさ。
誰もが孤立しないで、最期まで人間らしく生きられる福島であってほしい。今日はそんなことをしみじみと考えさせられるニュースだったな。
それじゃあ、今日はこのへんで。皆さんも体には気をつけて、明日もぼちぼちがんばっぺな!
